株式会社 琉球新報社

株式会社 琉球新報社

業 種
教育・出版・マスコミ

琉球新報社はことしの9月で創刊126年を迎える、沖縄県で一番長い歴史を持つ新聞社です。
新聞社といえば、真っ先に「記者」をイメージするかもしれませんが、「営業」「イベント業」「総務・管理」など職種は多岐に渡ります。入社後、本人の希望を考慮した人事異動により、さまざまな職種を経験できることは琉球新報社の特徴の一つです。
「どんな仕事に就いたらいいか分からない」と思っている方は一度、琉球新報社のホームページ下部の「会社案内」https://ryukyushimpo.jp/pages/page-172.htmlへアクセスしてみてください。性別や年齢、職種にとらわれず、いきいきと働く社員が多いことに気づくはずです。
就職活動の際は琉球新報社も選択肢の一つに加えてみてくださいね!

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本社所在地 〒900-8525 沖縄県那覇市泉崎1-10-3
地図
TEL 098-865-5111
FAX 098-861-0100
HP http://ryukyushimpo.jp/
事業内容

・沖縄初の新聞「琉球新報」「琉球新報電子版」の発行
・小中学生新聞「りゅうPON!」の発行
・副読紙「週刊レキオ」「住宅情報紙 週刊かふう」の発行
・ウエブマガジン「新報Style」の運営
・会員組織「りゅうちゃんクラブ」の運営
・イベントの企画や運営

設立年月 1893年9月
代表者名 代表取締役社長 玻名城 泰山
資本金 192,322,500 円
従業員数 324人(2019年6月現在)
年間売上高 85億6300万円(2018年度実績)
沿革 1893年
沖縄初の新聞「琉球新報」が創刊

1937年
政府指導により沖縄朝日新聞、沖縄日報と統合して新たに「沖縄新報」を設立。沖縄戦中も発行を続ける

1945年
7月、「ウルマ新報」が発刊、後に「琉球新報」に改める

1979年
九州・沖縄地区初の超高速カラー・オフセット新聞印刷輪転機を設置

1983年
関連会社・(株)琉球新報開発を設立

1984年
沖縄県名護市に北部本社を設立。離島でも、夕刊の即日配達を実施

1985年
副読紙・「週刊レキオ」を発刊
第1回全日本トライアスロン宮古島大会を共催

1990年
「新報スポニチ」を発刊
「世界のウチナーンチュ大会」の「空手・古武道世界交流祭」を主催

1993年
創刊100年

1996年
琉球新報ホームページを開設

1999年
那覇市天久に制作センター完成

2002年
アメリカ・ワシントンDCに契約駐在記者を配置

2003年
グローバリゼーション・フォーラム開催。ゴルバチョフ元ソ連大統領ら日・米・露・中・韓の政治家、識者が那覇に集う

2005年
那覇市天久に天久社屋建設
天久社屋に琉球新報新聞博物館が開館

2009年
最後の夕刊を発行、55年の歴史に幕

2011年
新報小学生新聞「りゅうPON!」の発行開始

2013年
天久社屋ビル壁面に電光掲示板「りゅうちゃんボード」を設置

2015年
沖縄県とアメリカ・ハワイ州の姉妹都市締結30年を記念して、ハワイで移動編集局を開催

2018年
創刊125年
那覇市泉崎に新社屋完成
支店・支店事業所 ◆本社(那覇市)
◆中部支社(沖縄市)
◆北部支社(名護市)
◆宮古支局(宮古島市)
◆八重山支局(石垣市)
◆東京支社
◆大阪支社
◆福岡支社
グループ会社・子会社・
関連会社
◆株式会社琉球新報開発
•住所: 〒900-0001 沖縄県那覇市港町2-16-1 琉球新報開発ビル7階
•電話: 098-865-5262

◆株式会社琉球新報発送
•住所: 〒900-0005 沖縄県那覇市天久905
•電話: 098-860-6779(代表)

◆株式会社キッズビレッジ
•住所: 〒901-0302 沖縄県糸満市潮平612-2
•電話: 098-851-8086
採用実績データ 2019年度6人(フェリス女学院大1、琉球大2、中央大1、立命館アジア太平洋大1、立教大1)
2018年度8人(早稲田大1、名桜大1、琉球大4、長崎大1、筑波大1)
2017年度6人(琉球大2、東京大1、専修大1、同志社大1、立命館大1)
開催日 イベント名
現在イベント情報はありません。

野添 侑麻(ノゾエ ユウマ)

野添 侑麻(ノゾエ ユウマ) さん

部署・役職
経営戦略局 Rプロジェクトチーム
出身学校
立命館アジア太平洋大学 国際経営学部

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Q1.就職活動中で気をつけた事(意識した事)、または「こうしておけばよかった」と感じた点はありますか?

自分の強みを前面に出すことを心掛けました。私は昔から音楽が大好きで、学生時代はライブの企画運営も行っていました。そのため面接では、「記者となればより専門的な音楽関係の記事も書けて、イベント企画のノウハウもあるので事業局員としても力になれる!」と自分に自信を持って臨みました。後悔していることは、視野を広げる意味でも新聞社以外の業界も見ておけばよかったかなということです。

Q2.この会社を選んだ「決め手」は何でしたか?

自分が伝えたいと思う情報を多くの人に届けることができて、そして喜んでもらえることができる仕事だったからです。私は自分が良いと思ったものを恩着せがましく(笑)、友人たちに積極的に勧めるなど、外に向けて発信していく性格でした。そこで地域の注目されている人を取材し記事にしたり、企業を巻き込みイベントを開催したりしながら魅力を伝えていくこの仕事は今までの経験や自身の性格を生かしながら成長できて、大好きな沖縄にも貢献することができると思って入社を決意しました。また学生時代からウェブメディアの運営にも興味を持っており、「琉球新報Style」という媒体を持っていたのも決め手の一つでした。

Q3.現在、就職活動をしている学生さんへのアドバイスをお願いします。

自分の得意分野をはっきりさせておくと良いと思います! 皆さんそれぞれ好きなもの、譲れないものがあると思います。それは間違いなく他の人は持っていない自分だけの「強み」です! 今まで自分がやってきたことに誇りを持って、どんどん自分を売り込んじゃってください!

下地 陽南乃(シモジ ヒナノ)

下地 陽南乃(シモジ ヒナノ) さん

部署・役職
編集局 文化部
出身学校
琉球大学 総合社会システム学科

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Q1.就職活動中で気をつけた事(意識した事)、または「こうしておけばよかった」と感じた点はありますか?

就職活動中は視野を広く持ち、いろんな業種の情報に積極的に触れるようにしました。
多様な企業について知ることで、そこから得た知識同士を関連づけて、自己アピールや企業で取り組んでみたいことに対する自分の意見を深められました。
「しておけばよかったこと」は留学ですね。学生生活は、外の世界を自由に、伸び伸びと学ぶことができる人生の貴重なチャンスです。

Q2.この会社を選んだ「決め手」は何でしたか?

同じ会社にいながら、広告、イベント業など幅広い経験ができるところに惹かれました。
記者は文字で情報を伝える仕事ですが、広告やイベントも情報を発信していく手段であり、いろんなスキルを身につけることができる!と思ったのが決め手です。
もう一つは、大好きな沖縄を良くしていくために地元のメディアとして貢献したいと思ったことですね。

Q3.現在、就職活動をしている学生さんへのアドバイスをお願いします。

就活ではプレッシャーや緊張を感じますが、なるべく自分らしく、自信を持って頑張ってください!
いわゆる「就活対策本」などに載っている安全な答えを選んでいくよりも、どんな些細なことでもいいので自分の言葉を使って伝えようという気持ちが大事だと思います。
気負いすぎず、自由さを忘れずにどんどんアピールしてください。